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スタイル

スタイル:姿勢 について考えたい
藤本由紀夫さんにインタビューした時、『アートとは態度だ』とおっしゃったのが印象にのこっています。
確かにそうだな、と思う反面、その一言は聞いた人が、態度とスタイルを混同してしまう危険があるなという事も同時に思ったのでした。




私の"態度"観…:
"態度attitude"と"姿勢style"って微妙に違うと思うんです。


attitudeは 対するモノやヒトという向かい側があって、外向きのベクトルと結びの点を持っているんですけど、styleは 対自分 もしくは 自分に対する視線に対するレスポンスっていう 内にこもるベクトルと拡散する放射線を持っていると思うんです。


自意識のあるうちは、styleなんです。私は、それを作品として見る分には、大抵の場合は"あまり好きじゃないな"と思う。確かに、大勢の人が引き寄せられるstyleを持つ人もいる。だけれども、矢印の向かう中心であろうとする意識は、よっぽどの人徳か演出家かでないと、ボロが出る。もしくはディティールにお金をかけられるお金持ちか(笑)
どんなモノにも意味はある(というか、なってしまう)。
だけど、そこに価値が有るかどうかは、そういう視点を意識的に持てば、すぐにわかってしまう。



だからといって、attitudeには自意識がないか といえば無いとも言いきれない。
自意識というか、自分の身体への認識と、それがおかれている空間への知覚があるという状況はあると思う。
だけど、「私の想いや考えを表現したいんです」とかそういった事は無いと思う。
態度は想いじゃない。かなり近いけど哲学でもない、かもしれない。(これは判断が難しい)


目の前のものに対するattitudeには、好奇心(わくわくする)とか、真値にたいする正義感(正しい方が嬉しい)とか、関係で揺らぐエネルギー(どきどきする)とか、太陽の光(さんさん)とか。そういったものに関係する価値観が取りまいている。そこにはわき上がるものがある。



能や合気道のような型による滅私は今回のstyleには含めてません。まだ、型についてはわからないことが多いので。
styleでもなく、attitudeでもない、もう少し根源に対するヒトのあり方があるというのも知っているけどね。もしかしたら、それができるのが1番アーティストらしいかもしれない。社会性は無くなっていくけど。。。