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body and soul

世界の色やかたち、関連付けをすべて筆記していきたい欲望にかられる。(それは病だ、別にかまわないけど。)
頭の中で自分の声がする、話しながら考えている。
浮かぶ単語を消え行くままにしても良いのか?だからといって書き留めておいてなにかいいことがあるのか?
意味なんてあとからどんどんついてくるものなのだ、書き留めよ、と私の声が言う。
追いつかない、追いつかない全然。私は私の愚鈍な筆記スピードにあきれる。
現実世界のタイムラインにPreview機能があればいいのに。私は全てを一つのviewから見たい、観察者としての視点、ただひとつの観点がほしい。世界はそうなってはいない、てんでばらばらだ。そうやって考えると、映像でなにかする人はリアリストで具象で強いなと思う。くらべて文学はどうだ。
あぁー、思考スピードと筆記スピードが同じなら!私の頭の中で鳴る私の声が全てplottingできたら。そしたら私の一秒は何KBなのだろうか
声になっていない思考はどうだ、私はそれをどのように知る?いいまちがい、くちごもり、絵、詩。
vision ― 詩、今ここに書いてあるtimelineを持った文章はただの表象を流れる"たわいもない""たわいもない"今の気分だ。気分、いままで私が無視してきた、この日常に通底する、弱々しい、私の切り取られた一枚。世界のviewより映像より弱いこの一枚の写真のようなぺらぺらの私。これを認めてやっても良いのかもしれないと思い始めている。
もしかしたら、文学によってこのペラペラの私に、私を超える何かの力が与えられるかもしれないと。