もっともっと。神でも紙でもいいから!
『ウェルギリウスの帰郷』ヘルマン・ブロッホ
from http://www.geocities.jp/oldpapyrus/wayakukikyo.htm
ウェルギリウスは微笑んだ。「私はもはや詩作するつもりはない。メツェーナス。詩作する時間が与えられているにしても、私はもうそうしたくはない……」
メツェーナスは友であり詩人であるウェルギリウスの言葉に注意深く耳を傾けていたが、その態度は哀調を帯びたものとなった。彼は詩人の句を引用して言った。「もはや吾 歌を歌わず、もはや吾 汝らの保護者ならず……おお、ウェルギリウスよ、まことにそうでなければならないのか」
「歌は沈黙するだろう、メツェーナス。そして彫刻は崩れ落ちるだろう。だが、だからと言って君は悲しむべきではない。なぜなら告知されなければならないのは真実だからだ。真実にはどんな芸術も達することができないし、真実の前では芸術は沈黙せざるをえないからだ……」
メツェーナスは傷つけられて、言った。「おお、美は決して沈黙することはない」彼は躍起となって言った。「どんな真実の前でも美は沈黙することはない。常に美は存在する。真実を告知する美は常に存在するであろう……神が君に贈った芸術を罵るな、ウェルギリウス……」
ふたたびウェルギリウスは微笑んだ。「罵っているのではない、ただ美を想い出さなくなり始めているだけなのだ……だがそれを後悔してはいない、メツェーナス……もちろん美のためにではない……」
「ただ美のために行われていること、それはなんにもならない、呪われてしかるべきものだ……しかし予感のために行われること、これは人間の心を鳴り響かせることができる。だからそれは来るべき告知の準備となる……風のなかで歌う竪琴のように来るべき告知の準備となる……それが心の純粋さなのだ」
『ウェルギリウスの死』ヘルマン・ブロッホ
from http://www.geocities.jp/oldpapyrus/wayakusi.htm
孤独の不安から象徴の助けを借りて−−ほかに成就の見こみはない−−のがれるために
われとわが象徴と 人間の演ずるたわむれ
たえずくりかえされる 美しい自己欺瞞
美への逃亡 逃亡のたわむれ。
そのとき人間の前に現われる 美化された世界の硬直
いかなる成長の力もなく ただ恒常に
反復しつづけるばかりの 局限された美の完壁
仮象の完壁をかたちづくるために たえず新たにもとめられる美の局限。
孤独な現象学者の前に到来した虹のことだ。

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