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懐かしい文章が出てきた

おろしたてのコート
 
 
かさかさと揺れる冬の最中、割れたプレパラート輝く冷たい街路。出勤途中の人たちがそぞろ歩く駅前には、見慣れた看板と、気の早いイルミネーション。私もその中にいて、足早に前へと進む。ヒールの かん・かん というリズムが、郊外の眠そうな瞼を次第に開いてゆく。
 
昨日おろしたばかりのコートはまだ身体になじまず、新しい布地独特の香りが顔のあたりに漂い、私を少しいらつかせる。
人見知りの傾向がある私は「新しいもの」が得意ではない。頑丈なものを長く使うのが性に合う。気に入るものをじっくり探し、選んで。私なりの暮らしを少しずつ築いてきた。
 
このおろしたてのコートには、端折って説明するのも面倒なほどの複雑な因縁がある。
私が高校生になった頃から15年間愛用してきたコートは、先週泥にまみれて見るも無惨な姿になった。申し訳ないといった顔の青年が、替わりに新しいものを、と送って来たのだ。
お世辞にも頑丈な作りとは言えない、すぐ飽きてしまいそうな流行りのデザイン。
今週末にはいつもの仕立て屋さんに行って、新しいコートをあつらえようと思うのだが、それまではどうしてもこのコートを
 
 
「谷中さん」
ふいに声をかけられて、眼前の景色がすごい速度で色づき戻ってきた。
「おはよう」
そういって彼女はそっと微笑んだ。快活で少し派手で、茶目っ気のある、皆に好かれるタイプのひと。特別に仲がよかったわけではないが、たわいもないことを話して笑いあった、高校の同級生だった。
「なんで…」
不意の事で驚いた私は、ようやくそれだけを口にした。
「先月実家に帰って来たの」
陰る目の光に事情を察した私は、「そう」とつぶやき歩調を緩めた。
「わたし今日は面接なの」
「そう」
「今回は上手く行くと良いなと思っているのよ、ねえ、30越えた再就職がこんなに大変だとは思わなかったわ、数年離れていただけなのにね…ね、谷中さんあっち行きの電車?」
一息でまくしたてた彼女は、まだ話し足りないようにそう聞いた。
「いいえ、私は向こう」
「そう…じゃ、またすれ違った時は声かけてね」
「ええ」
「…谷中さん、少し雰囲気変わったね。そのコート、可愛いな。」
彼女は向こうのホームへの階段に消えて行った。心なしか、少し笑顔が疲れて見えた。
 
 
階段を上る途中、息が詰まり、足が一歩も動かなくなった。
コート肩口の違和感に耐え切れない。ギッと掴み、脱ぎ捨てたい衝動を押さえる。
 
泥で汚されたあのコートはもう着られない。
私はこれから、ひりつきうつろう冬の光に、独り耐えられるのだろうか。
 
壁にもたれ小さな声で、う、と少し泣いた。
息が白い。

何かに投稿した文章だと思う。それにしても寂しい話だな。表現おかしかったところは少しリライトしています。