たったひとつの母型(マザータイプ/基本構造)があれば、
表現はそのバリエーションであり、物語は無数に作成できる。
例えば昔話や伝説のような物語たちは、
いくつかの基本的な構造のバリエーションと、
「もも」か「柿」か、といった記号の差異で、無数に作られている。
となると、母型そのものを作ってしまいたくなる。
それこそが「創造性」じゃないか、と思います。
それは、どこにどのメタファーを使うかという話ではなくて。
もっと基本の構造を形作る「ルール」を作るという話だと思います。
シビれるクリエイティビティというのは、参照され得ない新しい「型」を持っているということ。
そんなに容易な作業ではないと思いますが、
美術作家を名乗る以上、それしかやるべき事はないと思ったりしています。
ヒトの歴史とともに培われてきた昔話の「母型」だって、
もとは何も無かった「どこか」からはじまっているのだから。
なんて。とある文章を読んで、書いておこうかなぁと思ったメモでした。
地味で時間のかかることをしているなぁ、と思います。あぁ。